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カノジョしか知らないこと「その女アレックス」

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面白いから小説を読む。

ストーリーが良いから、先が気になってやめられないから。だから、読む。

私たちが追い求める、最初にある最大の衝動。

 

じゃあコレを読もう。「その女アレックス」。

邦題は少しだけ気に入らない。原題は「アレックス」。これが良い。

 

すべてはひとりの女が誘拐される事から始まる。

その女がどれくらい美しくて、どれくらいセクシーで、どれくらい魅力的なのかを作者は充分に伝える。そいつが誘拐される。

 

我々は、この犯行がストーカーの手によるものだとミスリードさせられ、この女が「単なるストーキングと誘拐の被害者である」と思い込まされる。何とも気の毒な美女なのだと。でも、その前提が少しずつ変わる。何となく匂わされる違和感。

他の小説と足の運び方がどこか違う事に、読み手は気づき始める。

 

そして犯人には立派な「理由」がある。

やがて犯人の男は警察に追い詰められて自害する。彼女を監禁したまま、その場所を誰にも知られずに。

 

その女が「アレックス」である。

 

監禁場所からのアレックスの脱出は「シチュエーションスリラー」の映画を観るように、映像的な筆致に切り替えて描写される。

そんな女を捜索するのが本作の主人公カミーユ。小人のような背丈と薄い頭髪(ほぼ無い)という、素晴らしい人物設定に仕上がっている。

 

カミーユが辿り着く「アレックス監禁現場」にはもう誰もいない。

やがて始まる連続殺人。それも異常な。

頭部を強打され、倒れ込んで恐らくそのまま「まだ生きている時に」喉に硫酸を流し込まれ殺される男たち。

 

次々起こる、犯人への手がかり無き完璧な連続殺人と、先程の誘拐事件とが、やがて繋がり始める。

カミーユと仲間の刑事たちが探し始める。アレックスという女を。

 

それと同時に進行するアレックスの物語。

こちら側の描写は心理描写よりも、行動そのものに比重が置かれるという作者のテクニックが光る。これが非常に巧い。

何を考えているか、ではなく、今何をしているのか、ばかりが描かれる。

 

カミーユたちが必死で捜査を続ける様子を、心理描写とドラマたっぷりに見せるくせに、アレックスの“心の中”は読者には決して見せない。

カミーユたちが知らない事を読み手は知っている。アレックスという女を知っている。

 

しかしこれも作者の憎い構成のもたらす技で、我々読み手が「知っている」と思っていた「アレックス」の事を、本当は何も知らないのだと気付かされる。

 

長く息を殺してアレックスを見守り続けてきた者たちは、やがて辿り着く彼女の選択と答え、その理由に頭が追いつかなくなる。

何も分からない。なぜなのか? どうしてなのか? 誰の為に? 何の為に?

 

それを語るのが、この事件の捜査を担当したカミーユである。

読者がついに“分からなかった”アレックスという女について。主人公カミーユは全てを解き明かし始め、ついに主人公らしい仕事を披露する。

小説のクライマックスで彼は、その存在さえ幻のような「アレックス」という女のすべてを紐解く。この時読者が味わうカタルシスと、やる瀬の無い胸糞の悪さが最高のハイライトになる。

 

そこにあるのは、希代のストーリーテラーである作者が仕組んで、少しずつ読者へ開示していった幾つもの罠と嘘と本当。

それらが作り上げ、生み出したすべての結果が、「アレックス」という女なのだ、と。

 

 

とてつもない良書が落ちていた、と思って調べたら「このミス」1位でした。

なるほど。みなさん素晴らしい本を読んでいる。

 

 

 

「あなた」にお勧め!

・ミステリー、サスペンスの分野を好物としている

・先の読めない筋書きの先を暴くつもりで、作者へ挑んで読書をする

・いわゆるドンデン返しが好き

・キャラクターが立った小説が好き(これはシリーズ物です)