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泥臭い華やかさ「ブレイクの隣人」

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舞台は18世紀末のイギリス、ロンドン。

フランスでは「打倒王政」の動きが強くなり、近隣諸国にも緊張が走っている。

イギリスでも「革命」という言葉が禁忌のように口に上り、忌まわしきもの、許されざるもの、人々を混乱と破壊へ導くものとして恐れられる。

 

そんな中で颯爽と……とはいかないが、額に汗を浮かべながら真っ赤な帽子をかぶって歩く男がいる。

ウィリアム・ブレイクの登場である。

当時赤帽子は「革命支持」を意味し、周囲から向けられる視線は異常者を見るよりひどいものだった。

フランスの革命を支持し、それを隠しもしない男、ウィリアム・ブレイク

そんな「赤帽子のお隣さん」になる主人公一家の話が本作の内容。

 

椅子職人の父がロンドンでサーカスを行う事業主のお抱えになり、主人公ジェムも家族と共に田舎からロンドンへ。

描写されるロンドンの空気感が非常に巧い。

住宅街のやや清閑とした様子から、近所の飲み屋のうるささと臭さ、離れた場所にある厩舎で感じる動物と草の匂い。

少し歩けば郊外に出る事が可能だ。草原に吹く風が優しく無関心を示す。反対側に出れば工業地帯で、どこか気味の悪い空気を漂わせる。

街中へ踏み込んだ際の喧騒と人ごみも良く分かる。もみくちゃになるメインストリートから抜け出して脇の細道へ入り込めば、そこはもう迷路になっている。

レンガ敷きの道には屠殺された家畜の血液が水にまざって伸び、その臭いまで本から出て来そうに感じる。

 

ここを走り回るのが主人公の仕事になる。

同じ年頃のご近所さん、マギーと共に、時には何かを追いかけて、時には何かから逃げながら、時にはひとりぼっちで。

 

華やかなサーカスの血沸き肉踊る夜や、詩人で画家のウィリアム・ブレイクとの交流を描きながら物語は進行していく。

ジェムとマギーのあらゆる質問や疑問に、ブレイクは容赦のない答えを返してくれる。

なるほど、大人でもよく分からない難しい解答をする。

でもそこには子供をバカにしていない優しさと、手を抜かない優しさの両方がある。

こうやって子供たちは哲学者となっていくのだ。

 

大きな伏線がかなり初期から提示され、その内容の異様さから、「信じたくない」という思いを抱いて読むが、やがてそれが具現化し始める。

 

凄まじいミステリやサスペンスではなく、血生臭い結末や展開にはならないが、一つの過去と、今起こっている事件と、明日「何かをするか、何かをされるか」という事象と(最後の点はウィリアム・ブレイクその人の件である)が不安定な土台ごと壊れる様は、なぜか妙な美しさを感じさせる。

ため息が出る。それこそ儚さしかないどうしようもない詩へ向けられるような。

 

ある場面で主人公のジェムとマギーが一度だけキスをするのだが、その時にどんな匂いがしたのか、どんな感触だったのか、どんな温度だったのか。

読者がそれぞれ頭に描いたものが、それぞれの作中のロンドンへの印象に直結するように思う。

自分はジャリっとした泥臭さと熱を感じた。

 

 

 

「あなた」にお勧め!

・18世紀のイギリス、またはウィリアム・ブレイクに興味がある

・作者の代表作「真珠の耳飾の少女」が気に入っている

心理的な描写より、情景描写から感情を汲取る事が多い

・入り易くて読み易い海外小説を探している