世界中の「あの人」を

ブラック会計事務所勤めで人生詰んだ私があなたのヒマをつぶすブログ

剥き出しの感情に止まる呼吸「熊と踊れ」

f:id:haruomo:20171112063020j:plain

 

スウェーデンで実際に起きた事件をベースにして綴られ、物語られる本作。

軍事施設からの銃火器の窃盗に始まり、現金輸送車の襲撃、そして連続する銀行強盗。更には駅での爆弾テロ。

同国の歴史上初となる銀行の「同時襲撃」を成功させ、その足取りも犯人の素性も掴めなかった大事件。

犯人たちの行動と魔術のようなトリック。それらを遂行する際に彼らはどんな感情を抱き、どれほどの不安を抱え、葛藤していたのか。

一国の歴史に残るレベルの犯罪が行われる。それをやるのはもちろん人間だ。

そう、この本、あまりに人間臭い。そして読者との距離が近すぎる。

 

犯人たちの気持ちと焦り、自信とプライド、銀行襲撃時の息遣いと銃声、そして不安、全てが目の前で起こっていることの様に伝えられる。この本を読んでいる時、読者は彼らと一緒に銀行を襲い、計画を立て、「暴力」の竜巻の中で自分も必死に呼吸をしようと死に物狂いになる。

 

ノンフィクションではない。敢えて物語にするために、作者は一度事実をすべてバラして、極めて事実に近い小説へ再構築したと語る。

 

こんな桁外れの犯罪を断行したのはどんな人間たちなのか?

それこそがこの小説のメインテーマのひとつである。

現在(暴力)と過去(そのルーツ)が交互に語られる。

少し時間が巻き戻る。

 

 

この事件の犯人は3人の兄弟なのである。(犯人当ての小説ではないので、ネタバレではないです)

頭の良さがズバ抜けている長男のレオ。彼が全ての計画を立て、圧倒的な意思とカリスマ性で作戦を成功へ導くリーダー。

次男のフェリックスは現実家。冷静な性格で機転も利き、発する言葉も感情もいちいち人として正しい。

三男のヴィンセントは素直な性格で、兄たちに従順でありながらも、自らの信念も意見もきちんと持っている愛され上手。

 

他にも、3兄弟の幼馴染のヤスペル。この男はもはや軍人である。銃器の扱いはプロの域に達し、気性が激しい。

まだこの犯罪に絡む人間が居るが、それは是非読みながら知ってもらいたい。

 

この男たちが目的のための手段として選ぶのが「圧倒的な暴力」になる。

それは長男のレオが幼少期に父親から教わる、「相手をぶっ壊す方法」に起因する。

学校のヤツを殴り、ナイフ相手に素手で戦えるレベルに達するまでサンドバッグ打ちとスパーリングを教育する。

父は息子に教えたのだ。『熊と踊る方法』を。

それはただの野蛮な暴力のように描かれる。事実、母親はその「教育」に反対し続け、やがてはそれを理由に凄絶な体験をすることになる。

 

なぜ父は「暴力」を小さな息子へ教えたのか?

その理由もこの小説のメインテーマであり、作者が未だに追い続ける哲学の姿となって我々の前に浮き上がる。

息子に暴力を振るう方法を授ける父の思いはただひとつ。

「家族を守る」のだ。

 

氏族。水より濃いもの、血液、家系。それを守るために「暴力」が必要だった。

自分たちの血筋への誇りと、それを継いでゆく息子たちへの思い。

内容は割愛するが、父から息子へ授けられた「愛」は、どうしても「暴力」の仮面を被り、それ以外にそれを伝える方法なんて無かった。理不尽な世界が自分たちを蹂躙する「暴力」と闘えるのは、同じ「暴力」しか無いのだから。

 

 

時間は戻る。

「暴力」によって守られ、傷つけられてきた彼らの現在へ。銀行襲撃へ。

それはもちろん自分勝手で救いようの無い愚かな行為なのだが、時にこの銀行強盗は誰かのために、何かを守るために行われていることを私たちは知ることになる。

そう、家族のために。

 

だけどすぐに突き付けられる。正当な理由があっても、暴力はやがてただ何かを壊すだけのものへ形を変えることを。

欲が出る。それがやがて「自分のため」に変わる。そうすると壊れる計画と関係性。

守りたかった物(人)の為に振りかざした力が、その物(人)自身を壊し始める。この変化と同時に、3兄弟がそれぞれの人生を選択し始める。辿られるのはこの歴史的連続大事件の結末への「ルーツ」となる。

 

信じがたいのだが、「愛」ゆえの「暴力」はこの世に存在しているのだ。

私たちはどうだろう?

愛する者が目の前で苦しんでいれば、とっさに他人を犠牲に差出さないだろうか。

特異な人格形成が行われる家庭に生まれなくとも、誰だって毎日社会や不条理な人間と戦い、己を守りながら生きている。ある意味の力と駆け引きと暴力で。

 

何が正しくて、何が美しいのか?

身を守るためにどんな教育が必要で、そのために何を傷付けるのか?

家族を守る、ただそれだけのために失ってしまった物は一体何だったのか?

 

作者はこれまでも、これからも、この「暴力の真実」と、その被害者の心の傷を描き続けていくことになるようだ。

 

 

この犯人たちは、ある意味で素晴らしい。これだけの事件を立て続けに起こしながら、誰も殺さなかった。たった1人も。

自分たちを窮地へ追い込んだ警察官相手に銃を向けても、それでも撃たなかった。「暴力」のプロと化した男たちは、人を殺さない。それでこそプロなのだろう。

 

 

家族に始まり、それが壊れて、直されて、また家族と共に物語は終わる。

不器用な暴力が再生させる、傷ついた愛の物語のようだ。

 

 

「あなた」にお勧め!

・とにかくハラハラする犯罪小説が好きな方は是非

・ノンフィクションが好き(これは厳密にはノンフィクションではありませんが)

・男兄弟の多い家庭で育った方

・単純に面白い小説を読みたいあなた

 

※散々「暴力」という言葉を使いましたが、残酷なシーンやスプラッタ系の表現はありませんので、痛々しい表現が苦手な人でも心配なく読めます。是非どうぞ。