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【我は汝、汝は我……】メリメ「カルメンッッッッ!!!!!」

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なんて叫んだらペルソナが出てきそうだよね。P5杏殿の初期ペルソナ元ネタがメリメの「カルメン」だろう。そして絶対ヘカーテよりカルメンの方がカワイイよね(異論は受け付けない)。本家「カルメン」を読んでみたが、悪女の自覚がないままに悪女してるカルメンがもはや悪魔だった。読了している方ならば知っていただろう、コイツはペルソナじゃ済まないレベルのメガテン悪魔だったでござる。

恥を承知で打ち明けると、私は初めてメリメを読んだ。読書が好きだなんて言うクセに、まだ読んでいない古典名作がゴマンとあるのですな。

最近『ドン・ジュアン』を読んだ。『外套』に触れたのも割と最近だ。ダンテの『神曲』はまだ。ウンベルト・エーコ薔薇の名前』はこれまで3回挫折して未読。ミラン・クンデラの何がスゴいのか全く理解できない。新約聖書は2回読んだけど旧約はまだ買ってもいない。そんな私だ(死ぬまでにはきっとぜんぶ読むのだ、きっと)。

 

あなたを退屈させないために話を戻そう。メリメのカルメンを読んだのです。

と言っても『カルメン』は短編なので、それ単体ではなく、メリメの短編集になっている新潮社さんの一冊にお世話になる。新潮社さんはこの国で最も優秀なのだ。現代日本のあらゆる文学のスタンダードになっている。マンガで言えば『少年ジャンプ』だ。まずはコレを手にするよね。

もっと大人なあなたは『モーニング』や『スピリッツ』を読むだろうか。もう1つ上の格式高い硬さと世界が欲しいあなたならば、青年誌を買うのだろう。これを小説にあてはめると『岩波文庫』になる。反対に『少年ジャンプ』が馴染まない若いあなたは『コロコロコミック』にいくのだろう。もしそれを小説でたとえると、光文社の『古典新訳文庫』になりますな。こいつはスゴいぞ。あのドストエフスキー先生をラノベに変えるほどの翻訳マジックと破壊力をもっている。……話を戻そう。メリメと『カルメン』だ。

 

このたび初めて触れた文学的著名人メリメは「バッドEND至上主義をニコニコしながら掲げる」性癖の持ち主なのかと思った。表題作『カルメン』から始まる物語たちはそのどいつもこいつも執拗なまでのバッドEND軍団だった。

オムニバス形式になったタイトルの「人名リレー(カルメンもそうだよね)」短編たちはどれもこれも「死亡オチ」のエンディングを迎え、『これハッピーエンドにしなきゃウソだろ……』という読者のほんの少しの希望を、当たり前のように踏み潰す。

 

だがしかしそこは古典純文学よ。大丈夫だ。悲劇もあっさりしている。あっさり死んで、淡白に教訓と哲学をあたえて終わる。この狙いをゲームにたとえると『オブリビオン』とか『スカイリム』にあてはまってくるかもよ。そうなのだ。あくまで「細かいところまで求めないから、さっさと先に行かせろや!」というプレーヤー(読者)の邪魔はしないスタンスなんだ。その反面で「もっと詳しくこの世界に浸りたいですけど……」なんて言う読者の希望にさえもガッツリ応える、懐の深さまで見せてしまう怪物でもある。優れた小説に共通する「万能の働き」を当たり前のように備えている。

求める者にはとことん応えて、求めない者の邪魔は絶対にしない。これがメリメの、カルメンの強いところ。

 

 

訳注などで、メリメ自身がフランスの偉大な小説家であるスタンダールと同時代に生き、共通点を持ち、同じく通ったサロンなども語られている。私もそうだが、あなたがもしスタンダール好きなら、メリメはチェックしておいて間違いない小説家であるに違いない。未読の方はぜひ新潮社の翻訳からどうぞ。

今回改めて思い知ったけど、堀口大學せんせーが翻訳した小説ってはずれがないよね。割とマジに。