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父と息子と地球のうた「宇宙船とカヌー」

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父は夢を見た。

巨大な宇宙船建造プロジェクトに。

そこには人々を新たなるフロンティアへ導く可能性と、“未来”があった。

息子も同じ夢を見た。

巨大なカヌーを1から自分の力で作る夢を。

そこには自分を理想郷へと導く可能性と、やはり“未来”があった。

 

ふたりは夢を見る。全く違うものを造るのに、全く同じ夢を。

“それぞれの船を造る”のだ。

夢中で「明日」の為に生き、互いの「今日」に存在しなかった父と子のノンフィクション。

ふたりの夢の先と、再開までを描く。

 

数学者であり科学者であり父であるフリーマン・ダイソンは、人類が「いつまでも地球にへばりついていないで、太陽系を自由に行き来できる強靭な存在」となるべく立ち上げられるプロジェクト、「オリオン」に参加する。

さまざまな船体モチーフから、そのデザイン、推進力(核爆発など)、それらに耐えうる強度を有する素材の選定(その重さも)、宇宙空間におけるエネルギーの補給方法などを数学、科学、物理学、軍事的見地などから熟考する。

各分野のプロフェッショナルと、彼らが持つそのカリスマ性が浮き出し、人類の最先端を走るプロジェクトがいかなるものかを読者は知る。

 

やがて行われる打ち上げ実験と、その成功。

そこで見せた父の顔は、きっと息子には見せた事の無いそれだったであろう。

 

やがて事実としてプロジェクトは終了へと向かってしまう。

この時の父フリーマン・ダイソンの中でも明らかに何かが死んでいるし、本書によると本人もそのように言及している。

「究極」を求めた男の、1つの夢の終わり。静かな諦めと、それを受け入れようとする男らしく静かな背中。

この時なのだろうか? フリーマンは自分が「科学者」であると同時に「父」でもある事を思い出したのは。

 

その後は息子のジョージ・ダイソンへとメインスポットが移る。

自然を愛し、その中で生き、何者にも縛られない自由な男。

木の上に作った家で生活し、好きな本を読み、時には自然と闘う。

落下傘部隊よろしく空から降り注ぐムササビとの戦いは凄まじい。

木の屋根へ連射銃のような音を立てながら、ムササビたちが突撃してくる。

家の中をメチャクチャに掻き回し、留守の間にも盗みを働く。

ジョージ・ダイソンがムササビたちに勝利する日は来なかったが、それでも彼には関係ない。旅に出るのだから。

時にカヌーで、時に船で、車で、きまぐれな一期一会を足跡にして彼は歩く。

 

大自然の中を彼に同行し、本作を書き上げた作者は作中にも登場する。

ジョージ・ダイソンと一緒にクジラの歌を聴き、海にあるあらゆる声を聴く。

肌を撫ぜるシルクのような風の柔さがよく伝わる。それを感じる火照った自らの筋肉を使ってカヌーを漕ぐ。漕ぐ。

この作者の凄い所は、必要に合わせて出たり消えたりと、上手く自分をコントロールするところ。居なくて良い場面では、居る筈なのに全く邪魔をしない。見せ場ではここぞと詩人の姿で舞台へ躍り出る。

それでも過剰に“物語”を脚色しないのも、この本の価値を高めている。

 

やがて再開を果たす父と子の様子が素晴らしくあっけない。

ニヤニヤしながら握手を交わした。といった具合で終わる。

 

やがて完成した、息子ジョージの船を見る父フリーマン。

このふたりは似ている。そう思うと次にはそれぞれ全然似ていない。これが親子なのだろう。

 

大自然の中で颯爽と結ばれるラストシーンの強さと美しさを目の当たりにすれば、親子間、そもそも人と人の間になど大きな問題なんて起こりえないとさえ思ってしまう。

父と子と、科学と数学と氷の大自然と海と、そしてふたりの船と。ニヤニヤしながら握手する手と、隠れた万感の想いと。

疲れた心にグっと来る名著に出会った。

 

 

 

「あなた」にお勧め!

・自然系の冒険物が好き

ジョージ・ダイソンフリーマン・ダイソンの著作を読んだ事がある

・何かを造る(創る)過程が好き

・人間関係に疲れ気味、颯爽と爽快な自然へ飛び出したい