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旅って何かを無くすことなんでしょう「シスターズ・ブラザーズ」

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いっぱいある「このミス」に何度も登場したらしいこの「シスターズ・ブラザーズ」は、はっきり言ってぜんぜんミステリじゃない。ロード・ノヴェルだ。ついでに言おう。だけどめちゃめちゃ面白い。私がスゴいとか面白いとか思った小説は、ことごとく世間の評価とズレているようだ。真逆の評価を下されていることも多い。だがこれは珍しく、みんなも私も面白いと思っている小説なんだ。

チラ見したアマゾンと読書メーターでも非常な高評価を獲得しているんだから。めずらしくも、変人である私の評価が他の人と一致したわけだ。これって「誰が読んでも面白い」に限りなく近い小説だってことでしょう。

 

この「シスターズ・ブラザーズ」は、シスターズ兄弟なる殺し屋の兄と弟が、ボスである「提督」に命令され、ある男をぶっ殺すために旅をする話だ。ゴールドラッシュに沸くアメリカで、ふたりのガンマンが男を殺すために馬上の旅をする。まさに西部劇を体現する世界観で、冒険に満ちたエンタメを見せてくれる。『馬に乗って旅する小説』のイメージから、ついコーマック・マッカーシーのようなヘヴィな描写と重量のある文章をイメージする人もいるだろう。だがコレは違う。

弟のイーライが語り手となるこの小説は、軽口叩きながら、とんでもない暴力や倫理観をさらっと話してしまう。なんでもないような口ぶりで中々ヤバいお話をぶち込んでくるのだが、まぁ、これが気持ち良い。だからそれってマッカーシーじゃん、と突っ込まれるなかれ。もっともっと軽いのですぞ。

 

あまり賢くないという設定の、弟イーライをわざと語り手にしているのだろう。こどもが素直に話して聞かせるような丸っこさで過酷な旅が綴られる。神話まではいかないが、ひとつの寓話を見ている状態を作り出している。なんとなく近いな、と思ったのがフランク・マコート「アンジェラの灰」の語り方。あのおしゃべりならばどんな修羅場も面白おかしくなってしまうだろう。この西部劇もそれと似たことをしている。

 

 

いつも無力な女や子供に「仕事の収穫」を分け与えてしまうような、優しい愚か者である弟(語り手)と、計算高く非情な兄との王道を行く凸凹コンビが最大の魅力になる。それだけではなく、その旅を彩り華を添える(?)奇人や変人や珍事件が、まあ出てくる出てくる。ポール・オースターの小説に登場する変人たちを西部劇の色に味付けして、もっと濃い原液を投入しまくって出来上がったようなヤツらの軍団だ。カタログ作れそうなくらいの「変なヤツらと事件」の数々と出会って別れて兄弟の旅は続く。旅の終わり方は賛否あることと思うが、エンディングを好きになれない方でも、それによって小説の価値そのものをダメにされないくらいの魅力が本編に詰まっているだろう。

何かを失うときって一瞬なんだな、と改めて実感する。あとから振り返ると、それは軽率で思慮に欠いて、「そのとき」には分かっていない。この兄弟が旅の果てに失ったものは数え上げることができるだろう。じゃあ、逆になにを得たのだろう? この答えこそ、あなたがこの本から得た感想と教えてもらったことそのもの。

 

私は表紙のデザインが「軽すぎて」敬遠していたうちの一人だが、それを理由に読書候補からはずすのは勿体ないと断言できる良作だった。ロード・ノヴェル自体があまり多くはないので、最近読んでいなくて久しぶりに手に取りたい方、なおかつノワールが嫌いじゃない方、ぜひお勧めです。